東京地方裁判所 平成10年(ワ)27729号 判決 1999年7月23日
原告
【A】
右訴訟代理人弁護士
井上四郎
同
井上庸一
同
川口和子
被告
日本放送協会
右代表者会長
【B】
右訴訟代理人弁護士
熊倉禎男
同
富岡英次
同
吉田和彦
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、被告が放送番組においてセットを制作した行為が、原告の著作権を侵害すると主張して、原告が被告に対し、損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実
1 原告の著作物
原告は、平成六年、プラスマイナスギャラリーにおいて、水槽に満たした水に光を透過させた美術作品(以下「原告作品」という。)を創作した。原告作品は、別紙写真一のとおりである。
2 被告の行為
被告は、平成七年四月ころから平成八年三月ころまで、毎週木曜日午後一〇時から午後一〇時三〇分にかけて放映されたNHK総合テレビの番組「ライバル日本史」のスタジオにおいて、水槽の水に光を透過させたセット(以下「被告セット」という。)を制作した。被告セットは、別紙写真二のとおりである。
二 争点
1 被告セットを制作した被告の行為は、原告の著作権を侵害するか。
(原告の主張)
被告セットは、水の波紋に照明を当てて投影された波状の模様を組み合せることにより、空間演出を行うというものであり、原告著作物を複製ないしは翻案したものである。したがって、被告の行為は原告作品に係る原告の著作権を侵害する。
(被告の反論)
被告セットは原告作品とは類似していないので、原告の著作権を侵害しない。水の波紋に照明を当てて投影された波状の模様を組み合せることにより、空間演出を行う手法は、原告が作品に取り入れる以前から、舞台作品や映画作品等でよく用いられたものであり、被告セットが、原告作品と共通する手法を用いたとしても、著作権侵害は成立しない。被告は、被告セットを制作するに当たって、原告作品に依拠したことはない。
2 損害額はいくらか。
(原告の主張)
原告は、被告の行為により、被告セットの制作報酬に相当する金額の損害を被った。右損害額は、二〇〇○万円を下らない。
(被告の反論)
原告の主張は争う。
第三 争点に対する判断
一 争点1(原告の著作権の侵害)について
1 前記第二、一の事実、証拠(甲一八、二七、枝番号の表示は省略)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
(一) 原告作品は、別紙写真一で示されたとおりであり、その具体的な特徴は以下のとおりである。
<1> 展示室の奥に、透明で平板な水槽が四本の細い柱で吊され、水槽に満たされた水は、波紋を形成するように、モーターにより振動されている。
<2> 水槽の周辺には、白い布様の素材が、小山状に盛り上げられ、青い光が当てられている。
<3> 展示室のほぼ中央部に、上方がやや細くすぼまり、先端部が尖った黒色の波形をした柱が立てられている。
<4> 右柱の先端が頂点となるように、白い紗幕が天井から吊り下げられている。
<5> 水槽の下に光源が置かれ、波紋の生じた水面に光を透過させて、天井から吊りさげられた右紗幕及び部屋の周囲の壁面等に投影されている。
(二) 被告セットは、別紙写真二で示すとおりであり、その具体的な特徴は以下のとおりである。
<1> テレビ撮影用の部屋の中央にテーブルと椅子が配置されている。
<2> 部屋の後方に中央テーブルを囲むように円弧状に配置された壁面に布地が貼られ、右布地の前方に、一二体の彫像(一二神将)の写真が配置され、右写真の前面には柱及び梁が、右写真の足元には低い壇が、それぞれ配置されている。
<3> 一二神将の写真の前面下部の視聴者から見えない場所に、水槽が置かれ、水槽に満たされた水は、モーターにより波紋を形成している。
<4> 水槽の下に、光源が置かれ、波紋の生じた水面に光を透過させ、一二神将の写真及びその後方の布地に投影されている。
2 右認定した事実を前提にして、原告作品と被告セットを対比する。
原告作品は、平面で囲まれた部屋が空間として用いられていること、小山状に盛り上げられた白い布素材が用いられていること、先端部が尖った黒色の波形をした柱が用いられていること、天井から吊り下げられた白い紗幕が用いられていること、水槽が鑑賞者から見える場所に配置されていること、配色として白及び青が選択されていること等の特徴があるのに対し、被告セットは、中央テーブルを中心に円弧状の壁面で囲まれた部分が空間として用いられていること、一二体の彫像(一二神将)の写真が配置されていること、柱、梁及び壇が設けられていること、水槽が視聴者から隠れた場所に配置されていること、赤及び黄色等の色彩が用いられていること等の特徴があり、それぞれの特徴に共通点はなく、両者は、その具体的表現形態において類似性がない。したがって、被告セットは原告作品を複製ないしは翻案したものと認めることはできない。
原告は、原告作品と被告セットは、光源を水槽の下に配置し、波紋の生じた水面に光を透過させて、物体に投影させる手法を用いている点において共通すると主張するが、このような手法の共通性があるからといって、前記類否の判断に影響を与えるものではない(なお、右のような手法そのものは、著作権法において保護の対象となる著作物ということはできない。)。
二 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件請求は理由がないので、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 石村智)
<省略>
<省略>
別紙